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今週の政治 11月12日

小沢さんが民主党代表を辞任する意向を伝えた。同党の役員会は、小沢さんを慰留することを決め、菅氏と鳩山氏の二人が懸命の説得に当たった。小沢党首は、福田総理との党首会談で、長年の安全保障に関する信念の理論を(国連中心主義とも言われているこの理論は)小沢代表が自民党の幹事長時代に勃発した湾岸戦争に、国連の決議があるから自衛隊を派遣したいと考え、しかしその時は周りの大反対で派遣できず、1兆4千億円にも及ぶお金だけを出し、しかしクエートからは全く感謝されなかったことがあった。その時にも小沢さんは、国連決議があれば自衛隊を海外に派遣しても憲法違反ではないとの信念で行動した。(今回福田総理が持ち出したのは正にこのことであった)、福田首相が飲んでもいいといったと報じられているが、もしそれが本当だとしたら、小泉元首相の郵政民営化と同じように、長年の安全保障に関する主張が現実のものとなると考え、政策協議に入ろうと考えたのであろう。

しかし民主党の役員会は全員が反対した。私から言えば、もっと情熱を前面に出して説明・説得したらよかったと思うが、これが剛腕で知られる小沢さんの足らざるところである。なぜ私の言うことが理解できないんだ。そんな人達とやっていても、何も成し遂げられないとでも思ったのであろうか。難しいことを達成するためには、小泉さんのように強烈なパッション(情熱を持って訴えなければ理解されないのに・・)そこで小沢さんは、周囲の止めるのも聞かず退任を表明して、その記者会見で、民主党にとってはかなり厳しい話もした。

突然の退任を発表したことによって、小沢さんが政権交代の先頭に立って頑張ってくれると期待していた多くの国民に失望感を与えたことは確かである。民主党幹部はもとより、ほぼ全員が小沢党首に慰留を訴えた。必死のなりふり構わずの慰留交渉に見えた。小沢ほどの政治家があれまで言い切ったのだから、戻ることはあるまいと私は思ったし、町の声もそれが多かったと思う。しかし、全議員を当選回数別に集めて意見を聴取した結果、全員が一丸となってもう一度やってほしいという結論に達し、幹部がその意向を小沢党首に直接伝え、小沢さんも「恥を晒すようだが・・」と前置きして代表に留まることを決断した。辞める決断もなかなか難しいが、元の鞘に戻るという決断もそれを何倍も上回るほど難しい。

ここで私はこう思うのである。自民党には人材が数多く居る。安倍前首相が体調を崩し、突然の辞任となった時、すぐに福田さんと麻生さんが立候補して、街頭演説をはじめとして政策を訴えた。しかし民主党は、小沢さんの、言い方を変えたら、駄々っ子が拗ねているのと同じレベルの辞任劇にも、敢然と「辞めたいなら辞めてもらおう。我々の中から新しいリーダーを選ぼう」というエネルギーが湧いてこないことである。民主党はこれではとてもとても政権は奪取できないだろう。まことしやかな議論ばかりして、こんな時に何のエネルギーも出ないとは、まことに残念であり、情けない限りである。

私はここで、上杉謙信のことを思い出すのである。そのむかし、上杉謙信が、まだ長尾景虎と言った時代、戦争に勝っていくら領地を増やしても、それを分け与える際に必ず不平不満を訴える部下たちがいた。景虎を前にした御前会議でも、醜い醜態をさらけ出し、自分にもっと領地を与えて欲しいと激論を戦わす武将たちに嫌気が差し、ある日景虎は誰にも告げず一人で失踪、雲隠れして山の中に隠遁したと言われている。こうなれば幾ら領地を巡って激論している武将たちも、大将の景虎が居なくなったら、たちまち武田を始めとする周囲の敵達に攻められ、占領される危機を肌で知っている。そこで家来たちは、必死になって景虎を探し回り、ついに隠遁先を探り当て、「全員一致でお願い申す。国にお戻りくだされ」と懇願する。それと今回の小沢突然の辞任、その後の全員一致での慰留工作はそっくりそのままのように思えた。

そしてこの時、景虎は国に戻るのである。出家した景虎は、謙信と名を変え、関東管領の職を継ぎ、上杉謙信となる。その後の家臣たちは一枚岩となり、有名な川中島の戦いを凌ぎきり、徳川家康との対抗で国替えされるものの、明治維新まで名門大名として続くことになるのである。果たして小沢大将は元の鞘に戻ると宣言したからと言って、党員や議員にありがたく迎えられ、その後は上杉家内部でいさかいが無くなったときのように、党内が一枚岩になるという謙信のような道を辿ることが出来るのだろうか。

現在は戦国の世とは違う。戦いに負けても命までは取られない。一族が皆殺しにもされない。それだけに、今回のことで一枚岩になれるのかどうか、はなはだ疑問である。

謙信は戻って一層の求心力を高めたが、果たして小沢代表もそうなれるのかどうか。決断とはこのように本当に難しく、場合に寄れば取り返しがつかないことにもなりかねない厳しいものである。

もう一つ興味深い決断があった。日本シリーズの第五戦。8回までパーフェクトに抑えていた山井投手を9回から中日の押さえの守護神岩瀬投手にスイッチした落合監督の決断である。落合監督の決断には、様々な意見や批判があった。私の親友の狂中日ファンの○○君でさえ、私なら山井に投げさせると言っている。

しかし落合監督の決断に賛成する声も同じくらいある。「もしもあの時、山井続投で9回に一本ホームランを打たれたらどうするんや。優勝してこそ価値がある。シーズン中はもとより、クライマックスシリーズでも大活躍した守護神岩瀬投手を完璧を期す為に投入するのは素晴らしい決断であった」とする意見である。

ここで私は、昔の「ヤクルト:阪急」の日本シリーズのある場面を思い出した。投手は今井勇太郎。今井投手は、ブルペンでは素晴らしい球を放れるのに、いざマウンドに登ると生来の気の弱さが出て、力の半分も出せないことが多くあった。ところがこの試合は頑張って投げ、一点リードで終盤の苦しいところに差し掛かった。そしてヒットを打たれランナーを一塁に置いた。上田監督はここが限界と見てゆっくりとマウンドに歩み寄った。

無言で手を差し出した。その手に球を乗せなさいという交代の合図である。しかし今井投手は、「監督もう一人投げさせてください」と必死な顔で訴えた。日頃とは違うその気迫に監督は心を動かされた。差し出した手を引っ込めて、「落ち着いていこう」と激励してベンチに戻ったのであった。しかし、次のバッターヒルトンに、レフとスタンドギリギリに逆転ホームランを食らい、阪急はその試合を落とし、結果として日本シリーズに敗退したのであった。結果が悪かったから言っているのではない。決断とは、右に行くか左に行くか分からないことを、責任者がたった一人で決めることを言う。その結果の責任は全て決断したリーダーが取る。それほど難しいものなのである。もしも、その今井投手が、ヒルトンを見事に抑え勝っていたら、上田監督は血も涙もある名監督と高い評価を受けていたであろう。

落合監督は、完全試合間近の山井投手を交代させた。そして押さえの岩瀬投手が見事に抑え、二人で完全試合を成し遂げた。もしその時、山井投手に続投を命じていて、完全試合を達成していたとしたら、山井投手の人生が変わっていたかも知れない。そして落合監督は、花も実もある名監督といわれたであろう。また打たれて逆転されたとしたら、落合監督は批判され、山井投手の人生が別の意味で変わっていただろう。リーダーとはこんなにも過酷な役割である。最近の二つの決断にこんな感想を持ったのである。ではまた来週。。
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