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今週の政治、5月19日

政府は、参議院で否決となった暫定税率を含む道路特定財源をどう使うかの法案を衆議院で粛々と再可決した。予想されたとおりの結果であった。他方、原油価格は際限なく上がり続けている。普通、物の価格は需給のバランスによって決まるのだが、原油価格の高騰は、需給のバランスで生じているものではなく、おびただしい外資が利益を求めて原油になだれ込んでいる。それで生じた利益がオイルマネーとなって、投資家の手を経て市場に戻ってくる。いたちごっこである。日本の経済は、いや世界の経済はオイルマネーを中心とした巨額のマネーゲームの中で翻弄されている。

後期高齢者医療保険制度は、マスコミで悪法だと騒がれているが、内容が徐々に分かってくるにつれて、それでは一体健康保険制度全体をどうしたらいいのかが導き出されるような雰囲気になってきた。私ももう暫くしたら(約10年で)後期高齢者の仲間入りをするから、「年寄りをもっと大事にしろ」と叫びたいのだが、健康保険全体のことを考えた対応も必要だということである。

大企業の健康保険や、公務員の共済健康保険は黒字を出しているが、中小企業の政府勧奨健康保険や国民健康保険は大赤字を続けている。これを全体的な問題として何とかしなければならないという背景がある。国民健康保険は、地方公共団体の所管となっていたので、保険者によって軽減処置が取られていた。安く設定されていたのである。
今回の75歳以上の人たちを人括りにするという制度は、本来の保険の理念からは逸脱している。所得に応じてお互いにお金を出し合って助け合って行こうというのがそもそもの保険の考え方である。

75歳を越えた人たちの医療保険は、扶養家族に入っている保護者?の負担にするべきであり、その保護者もない人たちは、国や地方が負担しなければならないと思う。もちろん75歳を越えている人でも、バリバリ働いて稼いでいる人も多いのだから、そんな人にはそれ応分の負担をしていただくことは言を待たない。年金でも多く貰っている人は年金からの天引きもいいが、その年金だけで細々と暮らしている人には、現在の保険料を越えるものを徴収しないように工夫するべきである。

そもそも日本の法律は、その殆どが政府提出である。議員立法は少ない。内閣提出と言っても、実態はそれぞれの官庁の担当者が法律を起案し、各議員の先生方のところにご進講に伺い、根回しをして党の総務会で決定して、それが閣議にかけられるのである。まぁ特別大きな法律は別としても、専門的知識は必要とするが、そう大きな社会的問題にはならないと思える法律は、エリート官僚が恭しく議員会館を訪れてご進講に及べば、「しっかりやってくれ」で終わるケースが多いのだろう。この後期高齢者医療保険も、全体の健康保険が崩壊する危機にあると説明を受け、後期高齢者にもそれなりの負担をお願いしたいと言われ、病院のロビーはいつもお年寄りの寄り合いの場となっていると聞かされると、納得してしまうのだろう。

しかし、いざ施行となってから、いろいろな問題点が浮上してきたのである。もともとエリートの高級官僚が、いろいろと考えて作り出した法律である。その根本の考え方は、国民皆保険を護り、現在危機にある健康保険制度を護ることであるとしたら、こういう法律が出てきたとしても当然なのかもしれない。政治とはその中に愛情が入っていなければならないのに、その愛情が抜けているのではないか。与党は真剣になってこの法律の足らざるところの改正をしなければならないと思う。

民主党の主張は、全体的には分かるのだが、果たして財源はどこから持ってくるかについて、もう一つはっきりと我々には示されていないところがネックである。多分これから6月15日の国会終了時までは、事実上の政治休戦となり、7月のサミット後に解散があるのか、または来年度の予算編成まで終わった後で解散があるのか、これからの政治情勢がどう動いていくのかにかかっている。善意であっても結果的に配慮が行き届かなくて、政治的なミスといえることも数多くある。

昨年夏から秋にかけての、改正建築基準法の施行も多大な経済的マイナスを生じさせた。昨年から今年にかけて、倒産が急増している。しかも建設業が一番多くなっている。たしかに建設業は、極端に言えば誰でもが起業できる要素を持っている。だから倒産も多いといわれるかもしれないが、堅実に仕事をしている業者ですら、建築着工件数が減少している他、公共事業も減っており、厳しい状況が続いている。一昔前の構造基準では合格でも、現在の構造基準から外れている建物を順次点検の上強化していかなければならない。特に公共物は・・。学校の校舎や建物の中に約4割がそれに該当するという。

そんな新たなビジネスチャンスはあるにはあるが、業界の景気を押し上げるほどの額にはならない。この仕事に携わっている人たちの、地道な掘り起こしが一番大切である。
経営の要諦は、人・物・金の管理である。物とは商品であり、サービスであり、その会社が売ろうとする物である。いい商品が出来ても、有ったとしても、それを売る人が居なくては売れない。販売ルートを構築するのもまた人である。やる気があって、誠実で頑張ってくれて、そこに能力が有ったら会社としてはこれ以上のことはない。人は短期間では成長しない。長い時間が必要である。だから会社のレベルと意識を挙げるために、輸入人事で緊張感とレベルアップを図ることも大切な一つである。

この二つだけでは経営は成り立たない。それを可能にするためのお金が必要である。有り余るお金はかえって企業の甘さを誘発するが、いつも資金繰りに窮していては、長いスパンでの施策が打てない。適度なお金が必要である。組織の仕組みは、第一線で営業する(前衛)人、その成果を受けて物の調達をする(中衛)人、それらのこまごまとしたことを後ろで支える(後衛)人で成り立っている。管理部門や配送部門や経理部門は、この後衛である。それらがそれぞれの部門の長の意思統一でスムースに流れるようにするのが、組織管理である。決まったことを実行できない人は、組織を乱し見えない損を会社にもたらしている。そして全体を束ねるのがトップの仕事である。

過度に仕事が集中している人、あんがいゆったりと仕事をしている人もいるから、これらの交通整理を頻繁にしないと組織が流れない。しかも一応は担当部署は決まっているものの、その場の状況により、臨機応変に応援の仕合を、部門長の連絡相談によって機敏に行うことも重要な組織運営である。仕事の流れには、その場その状況によって、様々な無駄が発生する。またミスも発生する。そんな時は、なぜ今回のミスが起こったのか、無駄を省くためにはどうしたらいいかを、即話し合ってルールを再構築することである。

一般論であるが、なんとか回っていると思われる組織でも、細かく原因を抽出して話し合い、改善すれば、二割の無駄は省けるといわれている。ではなぜそれをしようとしないのか。一つには、今のままのほうが楽でいいからである。一人ひとりは一生懸命に遣っているのだから、無駄があるなんて思っていないことが多い。それをもっと効率のいいやり方はないだろうかと、知恵を出し合うだけで2割も無駄が省けたら、それは利益に繋がっていく。売り上げを上げることは大切である。それを行いながら、無駄や無理のかかっている部署を平準化するだけで、売り上げを上げる以上の還元があるとしたら、これ以上のことはあるまい。それが近代的な仕事の仕方である。交通整理のおまわりさんの役目をする人を社内に設けることである。
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今週の政治、5月12日

日銀は、「景気は明確に下振れリスクを意識している」とこれまでの景況感を変更した。日銀の表現は難しく、我々にはなかなか理解しがたいのだが、簡単に言えば「これからは景気は下り坂になるよ」ということである。理由としては、「原材料の高騰」を大きな原因としてあげている。この底辺には原油高がある。際限のない原油の高騰はまだこれからも続いていくだろうとされる。企業収益は、史上最高額の昨年に比べ、今期は減収減益の企業が多くなってくると予想されている。

個人の生活も、物の値段が軒並み上がり、給与もなかなか上がり難い。社会保険の負担が増加し、生活は厳しくなっていく。GDPの約半分を占める個人消費も伸びが期待できないのではと心配される。わが国も大きな曲がり角に来た。政治の貧困に加え、大阪府知事と労組幹部との激論の一部をテレビでやっていたが、「民間と官庁は違うのだ」と言い切る労組幹部の発言には、民間で長く生きてきた者として唖然としてしまった。これでは改革など何も出来ないではないか。そういううちに、どうにもならないところに落ち込んでしまうのではないかと心配になる。

そんな中で、年齢からして(中小企業で)社長が後継者を指名して交代する時期が来ている。これからの紙面は、企業承継について書いてみる。少し前までの企業承継は、主に資産によるものであった。いかにして有利に後継者(中小企業の場合、多くは息子であったり娘婿であったりする)に引継ぐかであった。しかし、本当の企業承継は資産の承継と経営の承継の二つに分かれる。経営の承継は、経営者の交代に伴い、財務・事業・組織など経営全般を再構築し、承継することである。

資産の継承とは、財産権を中心としたものであり、お金が絡むからもっぱら資産承継が重んじられたのである。今週号のこの項は、会員の一人であり、事業承継のオーソリティの河合先生の著書「企業承継の考え方と実務」(ダイヤモンド社)からその考え方と理論を引用させてもらっている。

現在は、経営を承継した後継者が、先代と比べ経営力が劣る場合、多くの資産を承継したとしても、数年後には破綻の憂き目を見ることにもなりかねない。従って現在では、むしろ経営の承継が重んじられるところとなっている。しかも厄介にことに、経営の承継には時間がかかるということである。

資産承継は物にかかる承継であるのに対し、経営の承継は人に関わるものだからである。
あの会社は資産内容が素晴らしいし、取引先もガッチリある。しかも老舗だ。誰がトップになっても大丈夫だ、などの安心は絶対出来ないのである。もちろん、経営の承継といっても、親族内承継と親族外承継ではその内容も方法も大きく異なる。現トップの子息が承継する場合は、教育に長い時間がかかるが、親族外承継で経営のプロが送り込まれる場合には、そう長い時間教育する必要はない。

昔のトップは、何としても息子に承継したいと考えている人が殆どであったし、それは人の情としてよく分かるのだが、最近では経営の厳しさを考え、企業はある程度大きくなれば公器であり、社員の生活もあるし、取引先にも迷惑がかけられないと考えて、上場も可能な優秀企業でも、息子に承継せず、m&Aで売ってしまうという例すらある。

1キロの荷物から背負い始め、徐々にその重さを増やし、今では100キロの荷物でも何の苦労もなく背負えるように成長してきた創業者だからこそ、この厳しい現実を何とか生き残っていけるのだが、急に100キロの荷物を背負う運命になった息子には厳しい試練である。

それが分かるだけに承継を真剣に考える年齢になっている創業者トップは、今苦悩しているのである。しかしである。前述したように、できれば息子を後継者にしたいと考えるのは当然のことであり、私は中小企業はその方がモチベーションが高くなっていいと思っている。後継者教育とは、事業・財務・経理・営業などについて知識・経験を深め、これらにたいしてのマネージメント能力を高める。また経営者としての経営資源の最適配分が出来る能力を養う。そして企業を永続的に発展させるためにリーダーシップを発揮して、社員を引っ張り、ビジョン実現に邁進できる能力を備える必要がある。これらのことを後継者に承継することは大変時間のかかることである。

中でも知識の習得は、まだ比較的容易であるが、マネージメント能力、リーダーシップ能力を身につけるには相当な時間がかかるのである。そして場合によっては、身に付けられないかも知れないのである。これをしっかりと承継していくことが、現トップの最も重く大きな責務であると考えるのである。

後継者を指名する時に、専務の延長線上に社長職があるのではなく、トップと№2とはまったく別の職種であることを認識しなければならない。現社長が、息子にバトンタッチする時には、出来る限り、現状の財務・事業などの実態を把握して、あるべき姿に近づけるべく再構築して後継者にバトンタッチすべきであろう。後継者になったのは良いとして、過剰債務まで引き継ぐことになった後継の息子は、過剰債務は父親の責任だと不満を漏らし、こんなことなら社長を引き受けるべきではなかったと開き直る例も見てきた。こんな状態では、未熟な後継社長が立ち往生するのは眼に見えている。

「もう社長としてやっていく自信がありません。こんなに厳しい状態とはつい知りませんでした。どうしたらいいでしょう」社長になってたった三ヶ月なのに、こんな相談に来た後継社長に対して私は厳しいことを言う。
「社長になるまでは専務だったじゃないですか。今更知らなかったでは、社員に対して無責任でしょう。引き受けたのなら、死に物狂いで現状を打開する努力をしなければなりません。みんな社長になれるものならなりたいんですよ。

貴方はお父さんが社長だったから、こうして社長になれたじゃないですか。よろこんで苦労を引き受けなさい。それが嫌で、いいところばかりが取りたいのなら、社長なんかになったらダメですよ」と、
言いながら、若社長の苦悩は手に取るようにわかる。先代は譲ったとしても毎日のように会社に来る。取り巻きの社員たちは、先代の言うことのほうを良く聞く。自然に先代と若社長を比較する。先代も譲ったのなら会社に来るべきではないのだが、行くところがないから毎日出社してくる。これも人情としてよく分かる。

名ばかり管理職という言葉があったが、これは名ばかり社長といえる。そんな社長の言うことなど社員はほんきになって聞かない。事業承継とは、言葉の響きは良いが、資産承継と経営承継のほかに、先代が子離れできるかどうか、会社離れできるかどうか、新社長は親離れできるかどうか、全責任は自分にあると覚悟できるかどうかも、重要なことだと思うのである。

更にもう一つ、最も重要なのは志の承継である。これまでは、この志の承継が重んじられてこなかった。このことが最近数々の悲劇を生んでいるのである。近々の例では、またも不祥事が発覚した「船場吉兆」が上げられるのではないか。資産承継は出来た。後継者の教育もした。しかし一番肝心な「志」の承継が出来なかった。お客様に喜んでもらえる料理を造る。このために一身を賭ける。この「志」を持ち続けることこそが一番重要な企業承継である。渡すほうが、肉親の情に負けて能力のない後継者に引き継いだのが悪いのか、受けたほうが資産と経営の承継に有頂天になって、志を忘れたのか悪いのか、私にはなんとも言えないが、本当に残念なことである。

今週の政治、5月7日

今年のゴールデンウイークも、海外に脱出する旅行者で空港は大混乱である。田舎に里帰りする人の車で幹線道路は大渋滞である。この時期は高いけどといいながら、どこの観光地も人人人の波である。どこのテーマパークも家族ずれで溢れている。その景色の中には、不景気なんて全く感じられない。しかし目を換えてみれば、今のわが国は、混乱の入り口にあるのでは、と思える数々の出来事がある。先ず今週はそんなところから話を進めていく。

「政治は経済の一歩前を行く」政治が不安定になれば経済も不安定になる。言葉通り、わが国の政治は今混乱の中にある。経済もまた低迷している。このままでいくと今年の景気は横ばいから下降に入りそうである。特に建設関連が厳しい。マンションの売れ行きが低迷しているし、建設着工件数が前年に比して大幅に減少しているのだ。昨年夏からの新建築基準法の施行に伴うごたごたが、この低迷の切っ掛けになった。

法律は国会を通る時には余り深刻な影響があると思えなかったものが、施行されると予想を超えた悪影響が出てくることが間々ある。新建設基準法の改正もそうだし、後に述べる後期高齢者医療制度もその最たるものになった。

先月30日、予想したように、与党は暫定税率を含んだ法案を参議院でみなし否決と認定し、衆議院で3分の2条項を使って再可決した。これにより下っていたガソリンの値段が5月1日より値上げとなり、レギュラーで1ℓ160円前後となった。運送業や海運業を始とするガソリンを大量に消化する業種はもとより、車に乗る人は反対の意思を示している。

これに対して、この税金により補助金を得ている地方自治体は、賛成の意思を示している。次に5月12日、これも参議院で放置されたままになっている道路特定財源の延長10年間を含む法案が60日の期限切れとなり、これを衆議院で再可決するかどうかに注目が移っていく。

福田総理大臣が、来年度から道路特定財源を一般財源化すると明言し、それを与党は大方(一部の条件は付くものの)了承しているという事実と、5月12日の再可決の内容が、道路特定財源10年延長と59兆円の道路を造るという法案とが相反し、矛盾があるということでマスコミがやかましく言っている。

政府からすれば、時間の制約もあるから、とりあえず再可決しておいて、その後一般財源化を閣議決定して来年の予算関連法案として国会に提出するということでいいのではないかと思っているのであろう。ただし、確実に一般財源化するということと、造る予定の道路の規模を再議論して、本当に必要な道路を造るというようにすることが必要である。

そして、余りにも無駄や非常識と思える支出が道路特定財源から支払われている現実を改めて、無駄を省くということが条件の一つに成らなければならない。さらに、暫定税率そのものを廃止か税率縮小かを再議論することも条件になる。このままでは余りにも無駄が多すぎると国民は深く感じている。果たしてそこまでキッチリと国民に説明して納得を得ることが出来るだろうか。

後期高齢者医療保険の概要をまとめるとこのようになる。「75歳以上の「後期高齢者」全員が加入する公的医療保険制度。2006年の通常国会に提出された医療制度改革関連法案に盛り込まれ、2008年度から新たな独立型の健康保険としてスタートする。保険料は原則として加入者全員から徴収する。保険料徴収は市町村が行い、財政運営は全市町村が加入する都道府県単位の広域連合が担当する仕組み。財政は、本人保険料1割▽税金約5割▽74歳以下が加入する各健康保険からの支援金約4割−の比率で負担する。保険料は広域連合ごとに決定するが、厚生労働省の試算では2008年度の制度発足時には月額6200円程度(全国平均)になる見通し。配偶者や子供の扶養家族となっているため保険料を払ってこなかった人は、激変緩和措置として2年間半額になる。」

後期高齢者医療という制度は、75歳以上の人の医療費は約10兆円かかる。うち5兆円は国庫が負担し、4兆円は、75歳よりも若い人たちの保険料で賄ってもらい、1兆円(一割となる)を75歳以上の方々で負担してもらうというのが法案の概要である。たしかにこれだけ見ると筋が通っているように見えるのだが、75歳以上の方々は収入を年金で賄っている人がほとんどである。一部には不労所得を持っている人や、多く稼いでいる人もあるが、それは少数である。

所得が年金だけになっている人から、保険料を年金から引き落とすというのは「姥捨て山」以上の過酷な制度だという声が大きくなって、この法案は施行間もないのに立ち往生している。ただし、どこかが誰かがこの1兆円を負担しなければならない。制度上で微調整を行う動きが出ているようだが、このままでは次の衆議院選挙を与党は戦えないのではないかと思う。法案作成の段階で、厚生労働省の役人が、医療費が最も多く使用する層が75歳以上の高齢者であることで、これに何らかの網をかける必要があると考えたのであろうと思われる。

しかしここには、心が入っていない。心が入っていないものは人の心を納得させない。
一方では無駄なお金を湯水のように使っている官僚や外郭団体の人たちがいる。一方では生活に苦しんでいる人がいる。それをどう調整するかが政治の仕事だと思う。私もいつの間にか65歳を過ぎた。やがてあっという間に後期高齢者の仲間に入ることになる。現に昔の職場の上司の多くは、この層に入る年齢になっている。年金を貰う歳になって分かるのだが、これだけ物の値段が上がり、社会的費用負担が多くなってくると、いつまで自分が生きるのかが分からないし、歳を重ねるごとに不安が多くなっていくのも事実である。国の発展に貢献し、歳を重ねてきた方々をいかに待遇するかは、その国の民度にかかっている。

昔は子供が親の面倒をみた。今も事実上親の面倒をみている子供が多くいる。しかし高齢者の比率が高くなるに従って、介護するほうも60歳を越えるという老老介護になってきているのが、この問題を一層大きな社会問題にしている。夫に先立たれ、娘夫婦に引き取られ、夫の年金の何割かはもらえているが、蓄えがなくそれだけでは自立での所帯が難しい。息子と娘から少しずつ補助を貰って暮らしている高齢女性は、一般的にはありがたいことだと思われるが、子供たちに気兼ねして暮らすのは、苦しくて仕方がないとおっしゃっている。

子供の教育に多くのお金を使い、立派に育て上げ、夫亡き後は息子や娘の世話になる。息子や娘も優しくしてくれる。昔ならそれは感謝しながら暮らすというありがたい例であったのだが、息子や娘の暮らしも余裕があるわけではないことが分かるから、生きているのが苦しいと思うのであろう。

ましてや、子供が冷たくて居所もないと思える高齢者の方々は、もっともっと厳しい精神状態に追い込まれている。そんな人たちの年金からも天引きするのか、とこの法律の内容を余り詳しく知らないうちに、マスコミ報道で盛り上がって批判している面もあるかもしれない。この問題、世の中を動かすかもしれない大きなことになりつつある。「死ぬまで金は離しなや」が、夫を亡くした高齢者女性の合言葉になっているらしい。なかなか難しい世の中になってしまった。

そんな厳しい問題を日々テレビが報じている反面、上記したように決して不景気ではない状況もある。格差が広まっているからだろうか、あまり厳しい状況の人たちの例を取り上げているからなのだろうか。これからの動きが注目されるところである。

今週の政治、4月28

まずは山口県光市の母子殺人事件の指し戻し審に死刑判決が出た。事務所で皆とテレビの前に噛り付いて、今か今かと判決の出るのを待っていたが、主文が後回しになるというので、これは厳しい判決になるのではないかと予想していた。この裁判、残虐性と被告の友達に出した手紙の内容と、本村さんの苦悩と、差し戻し審に21名もの弁護士がついたという異例とが混在して、注目される裁判となった。私個人の意見は、真っ当な判決であるということである。荒唐無稽としか思えない差し戻し審での供述の変更は、被害者家族の心を逆なでにした。

一体この弁護士たちは何を考えているのだと憤った人も少なくなかったと思う。被告側は予想通り最高裁に控訴した。しかしこの判決が覆ることはないと思う。それにしても、この本村さんという人、すごい人だと思う。妻と子があんな惨い殺され方をしたというのに、(一時は自殺も考えたと報じられていたが、)この頑張りである。並みの人には真似のできないことである。それと判決のあとの記者会見で、「勝ったぁ」とか、満面の笑みを浮かべたとか、そんなことも全くせず、厳粛に受け止めていると冷静に言った姿をみて、まれに見る意志の強い男だと感心したのは私だけではあるまい。

それにしても「人を殺したかった。死刑になりたかった」などと簡単に何の関係もない人を殺傷する事件が頻繁に起こっている。世界一安全で親切で心の豊かな国と言われたわが国も、普通の国になってしまった。残念である。それよりも、自分の身は自分で護らなくてはならないと痛感する。私は今の仕事がらよく旅をする。旅の心得の中に、駅のプラットホームでは、一番前に立たない。満員電車では、両手でつり革を持つ。超満員なら仕方がないが、女性の近くには立たない。夜道を歩く時は、時々後ろを振り向いて安全を確認する。などの今までにはなかったものが追加された。

夜遅く最寄の駅に着く時は、近道の暗い道を避け、街灯の多い明るい遠回りの道を選ぶようにも心がけている。何の関係も無いのに刺されたらせっかくこの歳まで、それなりに生きてきたのに、今頃にそんなことになりたくないからである。同年代が寄ると、一生を生きるということは大変なことだなぁ。よく生きてきたなぁ。そんな話しになるような国になってしまった。平和になって豊かになって、甘えが出て、感謝の心を忘れ、利己主義になって、こころが荒んでしまったのか。

トップが交代すると別の会社に変わったほどの変化がある。大阪府知事が代わると大きく方向が転換した。これが一国の首相や大統領ともなれば尚更である。韓国の新大統領がアメリカと日本を相次いで訪れた。その親密ぶりは、前大統領のときとは大違いである。日韓新時代の到来と福田首相は言っている。経済面では今まで以上の進展が期待できる。これが北朝鮮問題の進展に繋がることを期待しているのである。

今年のわが国の経済は厳しいといわれている。未曾有な原油価格の上昇は、どこまでいくのか恐ろしくなる。材料費の値上がりによる企業収益の悪化。物価上昇によって個人の生活も厳しくなる。それに応じた給与のアップが期待できないからである。アメリカの経済もここにきて厳しさをましている。それはサブプライムローンの影響がどこまで及ぶかがつかみきれないからである。影響は世界に広がっている。

再度検証してみる。07年6~8月にかけてサブプライムローン問題が、世界の金融界を揺さぶった。世界の株式市場では、10%以上の大下落、為替は一ドル124円~101円に暴落した。日経平均株価も5.4%の下落。と惨憺たるものになった。住宅はアメリカでも日本でも、人生の幸せの象徴である。それまでは、住宅ローンを組めない低所得の人たちにも、簡単に借ることの出来るローンを売り出そうということになった。
しかし、リスクを考えて金利は通常のプライムローンよりも3%程度上乗せとなった。

リスクに見合った金利の設定は当然のことである。しかも借りやすいように、当初数年間(最長3年は)の据え置き期間を設け、その間の金利は低く設定した。しかしその据え置き期間が過ぎると金利も上がるし、返済額も合わせるととても返済できないような大きな額になる。それは当初より分かりきっていること。これがサブプライムローンである。

当時アメリカは住宅ブーム。住宅バブルとも言われていた。住宅の価格は年々上昇した。だから据え置き期間の3年間で、価格が上昇した頃合を見図らって転売すると、ローンはなくなるし手元に現金も残る状態になる。そのお金を元手に、もっと大きな家をローンで買う。それをまた転売する。そんなことが可能であるように信じる状況が出来上がっていたといえる。

しかし、00年にITバブルがアメリカで崩壊した。続いて9・11同時多発テロ、アメリカの経済は一気に不況に転じた。そしてこの不況は実に回復までに6年を要した。アメリカ政府はここで一気に金利引き下げ政策を打った。6,5%から1%までに下げた。そんな時期にアフガンやイラクで戦争が始まった。アメリカ国内でも、こんな情勢の時にはお金を借りてまでビジネスを始める人が減ってくる。

同時に今ある企業の設備投資も思うように伸びない状態の時、金利が下ったから住宅ローンの拡大に走るのはすごく自然な形であった。いろいろなタイプの住宅ローンが開発された。そしてその中に、今までなら住宅ローンを借りられない低所得層も、簡単に借りられる住宅ローンが開発された。住宅ローンが一気に伸び始めた。それが住宅の価格上昇に繋がった。

価格が上昇すると心理状態としては、早く買わなければならないということになる。倍々ゲームの始まりになった。日本のバブルも土地から火が付いたのだが、まず企業が先頭を走って土地の確保に血道をあげた。アメリカの場合は少し違って個人の住宅ローンに火がついたのだが、実態は同じである。空前の住宅ブームとなったのである。まず今週は、サブプライムローンの背景を書いた。

先日の、関西の地銀である泉州銀行と池田銀行の統合のニュースは、私のように金融界に長く身を置いていたものはもちろん、そうでない人たちにも驚かれたことだと思う。シナリオを書いたのは、三菱東京フィナンシャルグループだとみられている。二行に資本が投入されているからである。そして池田銀行は今期巨額の赤字を計上することになった。

一方関東では、野村證券が足利銀行を買収した。これもなかなか大きなニュースである。最終段階で野村と地銀連合体のどちらかが買い取るところまで行って、野村に軍配が上がったのである。九州でも福岡銀行が、熊本ファミリー銀行と親和銀行を傘下に収めたし、西日本シティ銀行は、長崎銀行を子会社化して、豊和銀行と資本提携した。大手銀行には不良債権処理の目標が定められて、それによって公的資金が投入され、今は安全圏まで回復したのだが、地銀にはその目標はなかった。だから未だに、バランスシートから不良債権がなくなるというところまではいっていない。

今や、経済が右肩上がりを続けていたときと違って、地銀が主な取引先としている中小企業は、経営の刷新を迫られている。昔のようにどんどんお金を借ってくれない。当然金利の競争になる。利ざやは圧迫される。高い金利で借りてくれるところはリスクがある。そんな地殻変動の中にあって、地銀はグループ化することによって、生き残りを模索しているのである。それが一連の動きに現れている。これは地銀に留まらず、信金・信組・JAに及んでくることは必然である。

厄介なことに、民営化されたゆうちょ銀行が競争に参入してくる。思いがけない今回のサブプライムを引き金にした景気低迷は、更なる金融再編成をいやおうなしに加速することになると専門家は見ている。地域金融機関にとっては、特化戦略が生き残りの道である。大手の真似ではやっていけなくなる。それを果敢に実行できるか、掛け声とスローガンだけで終わるか、5年先の金融界の地図を塗り替えることにもなろう。

長野での聖火リレーにも暗い気持ちになった。オリンピックは平和の祭典であるはずなのに、こんなことでは本番が思いやられる。きっと厳戒の中でのオリンピックになるのだろう。沿道でのマラソンのような競技は無事開催できるのだろうか。中国も国の威信をかけて開催するだろうし、無事閉会を迎えると思うが、国の信用は落ちていくだろう。

今週の政治、4月21日

地方へ講演に行って最近頓にうける質問は、「橋下知事は頑張っていますね。相当思い切った改革案ですが、実行できるんでしょうか」との話題である。先日、知事肝いりの改革プロジェクトチームの案が示され、それを元に各市町村に協力要請の会合が持たれた。それをテレビが報じていた。しかし府内の市町村は、補助金が削られることに全て反対である。かなり厳しい口調で反論している市町村の首長もいる。

先ず府庁内で、もっともっと削れるところを削るべきだ。我々のところも苦しんでいる。こんな案を素直に飲めない。そんな論調である。物事は、総論賛成各論反対が常である。「あぁいい案ですね。それはいいですね。そうしなければなりませんね。しかし私のところを削ってもらっては困ります」これである。他人は痛みを味わってもいいけれど、自分は嫌だ。しかしこれでは物事は前に進まない。だから府庁の財政はここまで悪化してしまった。

財政の悪化は、横山ノック知事が当選した頃から言われていた。それを12年間も改革できずに、そればかりか悪化をたどってきた。テレビのコメンテーターは、日産のゴーン社長のダイナミックなリストラを伴う大改革で、V字回復した例を取り上げている。
あれくらいのダイナミックさが必要なのだと・・。

たしかにそうなのだが、民間企業と官庁は少々違う。民間には倒産があるが、官庁は倒産しない。だから職員の対応に切実感がない。もちろん債権団体に転落したら、国の管理下におかれ夕張のような惨憺たることにはなる。しかし倒産はしない。自分たちの手で改革するのはなかなか難しいが、落ちるところまで落ちて、第三者(この場合は国)の手が入って改革することは案外出来る。これがわが国の文化でもあるようだ。

しかしそれは屈辱である。大阪には改革の先頭に立つ人材がいないのか。と笑われる。そこに若い知事が誕生した。鋭角的な角度でメスを入れ始めた。反発はますますヒートアップするはずである。そして橋下知事はこの局面を逃げずに戦い続けるだろうか。改革には痛みが伴う。思い切って手術をして、手術は成功したが、体力がなくなって死んでしまったということになりはしないか。それを心配する向きもある。

大阪府立体育会館が無くなるらしい。私はその昔大相撲を観にいったきり、ここ数十年大阪府立体育会館には入っていない。だから私はなくなってもいい。大相撲はまた別のところでやればいい。
ワッハ上方が規模を縮小して府庁の別館に移る案であるらしい。私は笑いが好きであり、ワッハ上方が今の場所にあったらいいと思うが、なくなっても何ら痛みは感じない。またこれとは逆の意見の人もあると思う。ない袖は振れないのである。一旦思い切って縮小して、身の丈にあった財政に戻したらどうだろうか。

人口が減っていくのだから、施設も合併して縮小されたり、廃止されるところもあるのは当然ではないだろうか。橋下知事に対する要望としては、府の職員の人数をもっと厳しく大幅に削るべきである。3割くらいは減らせるはずだ。あまりにも公務員は優遇されすぎている。そして民間のサラリーマンの平均年収と同程度まで減らすべきである。そんな痛みを、府も市町村の職員も負うところから改革の第一歩は始まるのである。

実際の大阪府の財政中味であるが、インターネットで調べてみた。歳入・歳出は2兆8千億円規模である。借金が5兆円以上ある。ここ8年間で1兆2千億円も借金が増えている。借金しても毎年の返済が出来る状態ならそれでいいのだが、返済するためにまた別に借金する状態が続いている。個人なら過剰債務者ということになる。歳入の内、府税が全体の40%強だから苦しい。どこの自治体でもほぼ同じくらいのようだ。(東京は会社の本社機能が集中しており豊かである)

今年の予算で、とりあえず1100億円の削減をしようとしている。大阪府が1100億円の削減を行うとしたら、こんな大きな摩擦が出る。東京都は、新銀行東京に1400億円もの出資をしている。首都とはいえその違いに愕然とする。私は今年から母校の高校の同窓会に関わることになり、初めて知ったのだが、府立高等学校には全くと言っていいほど予算面で余裕はないのである。例えば野球部の練習で打った球が外野の塀を越えて
民家の窓ガラスを割ったとする。それを補修するお金にも実は困っているのが実情である。したがって、これ以上どこで削るのか?と頭を抱えるのが現実らしい。

しかし一方で、無駄なところにお金が行っている実態があるのではないかと我々庶民は疑っている。それを思い切りきれば良いのだと思っている。大きな箱物を造ったものの、計画段階でランニングコストを考えに入れていなかったために、毎年巨額の赤字が発生して、その穴埋めに税金が補助金として使われていく。大阪府だけに留まらず、日本全国にこんな実態がある。日本は中央のみならず地方においても、力(年間の税金)以上に所帯の規模が拡大しすぎてしまった。それを是正しなければ成り立たなくなる。そんな瀬戸際に立たされている。橋下知事が、手を上げて立候補し、それに期待して票が集まり当選したのだから、初志を貫いてもらいたい。

まぁなんとかなる。そんな無責任な状態が放置されてきたから、もうにっちもさっちも行かなくなってしまった。トップが先頭に立ち号令をかけて走り始めなければ、物事は(特に痛みを伴うものは)進まない。これは企業も同じである。周囲の反発を恐れ、みんなが納得できる改革案では改革は出来ない。昔勤めていた職場の名理事長が、私たち若手(その時はまだ私も20歳代)に向ってこういったことがある。「何事も会社にとっていいだろうかを考えて手を打つことだ。自分とって都合がいいかどうかで判断してはならない」と・・・。

人間は弱いものである。つい安きに流れていく。「隗より始めよ」の教訓どおり、改革は自ら痛みを負うことからはじめなければならない。自分のところには火の粉が飛んでこない時には、良い事がいえるのに、自分に火の粉が飛んできたら、急に態度を変えて防衛に回る。そんな幹部の多い会社では改革は出来ない。先ずトップが決意する。痛みを覚悟する。その覚悟が強ければ強いほど改革は進んでいくものである。

今週は山口県で二つの大きなことがある。一つは光町での母子殺害事件の差し戻し審に判決が言い渡される。もう一つは山口二区での衆議院の補欠選挙が行われる。どちらも注目したいことである。前者についてはコメントは差し控えたいが、私なりの期待がある。後者は、今後の政治日程に大きな影響を及ぼすことが考えられる。

日銀が景気が停滞から後退期に入ったとコメントした。アメリカで発生したサブプライムローンが、世界の金融界を震撼させている。このサブプライムローンについては、次の「元気プラザ」で私が勉強したことを元に解説することになっている。調べれば調べるほど、根が深いことが分かる。水面下でもっと酷い状態になっているように危惧する。

人間とは、どの国もほぼ同じだなぁとも思う。アメリカの住宅バブルは、「焦り・悪乗り・無責任」のために深みに嵌ったと言われるが、丁度、昭和の終わりから平成初期のわが国のバブル経済で浮かれその果ての崩壊と状況が似ている。サブプライムローンの延滞者は、これからまだまだ増加していく。これも注意してみていく必要がある。もっと厳しく怖いことになってはならないと念じるばかりだ。

今週の政治、4月14日

日銀総裁・副総裁人事で、総裁は承認されたが、民主党の反対で、副総裁は財務省出身者ということで拒否されることになった。財務省から日銀に入行するのは、天下りということで拒否されたのである。これに対しては、民主党の若手議員から異論が出た。概ね受け入れ賛成と言う意見を、小沢代表は、腹心の山岡国会対策委員長を前面に立て、拒否することで役員会をまとめてしまったらしい。その証拠に参議院で賛成票を三人が投じた。

私は、これには昨年の例の大連立構想の失敗が大きなしこりになっていて、それが小沢代表を一層かたくなにしているように思う。その後発刊されている本などを読んでみるに、実は小沢さんから大連立構想を持ち出したようである。そして福田首相との間では概ねまとまっていたらしい。それが民主党の役員会でほぼ全員が反対して頓挫した。小沢代表は辞意を表明した。それに対して役員会ばかりか、多くの民主党員が大慌てにあわて、三顧の礼をもって留まってもらったというあの時のことである。

代表に留まったとはいえ、小沢代表のプライドは大いに傷ついたことであろう。自民党にというよりも、民主党の反小沢といわれる若手に対して大いなる怒りが渦巻いていたはずである。であれば、「今後一切妥協はしない」小沢代表がそう決心したとしても不思議ではない。その後は福田内閣と対決姿勢を前面に打ち出してきた。暫定税率の問題でも、福田総理に「道路特定財源を来年度から一般財源化する」と言わせる大成果を上げたにもかかわらず、その妥協案を拒否し、暫定税率の期限切れに追い込んだ。

日銀総裁の人事案でも、鳩山幹事長が「財務官出身者なら総裁でも賛成できる」と、サンデープロジェクトで発言していたのに、今回提出されたのは、財務官出身者でしかも副総裁候補である。それを若手の多くは賛同しても良いという意見だったのに、「なにを言うか」とばかりに頑なに小沢代表は拒否したのである。私が勝手に思うことだが、民主党はこれまでカリスマ性のあるリーダーがいなかったから、野の虎とも言うべき小沢さんを民主党に招きいれ、庇を貸して母屋を取られる形になってしまっている。

いずれ行われるだろう解散総選挙には、小沢代表でなかったら戦えないと思っているから、黙って従ってきたが、これからはどうであろうか。エリート集団とも言うべき民主党の若手代議士たちは、選挙のことを考えたら造反する蛮勇はないであろうし、そんなことをして党を除名されでもしたら、次の選挙で落選して代議士の肩書きを失うかもしれないというそんな不安があるから、行動できない。

今回の一連の小沢代表の決断が、きたるべき総選挙で吉と出るか凶とでるか。リーダーの決断とは、右に行くか左に行くか分からないことを、たった一人で、リーダーが全ての責任を負って決めることを言う。それからすれば今回の一連の決断は、まさにリーダーとしての決断であろう。それに対して自民党は、サミットを成功させ、内閣支持率を回復して、チャンスをうかがいつつ解散総選挙に打って出たいところである。

もう一つ予算歳入法案(暫定税率も含めた)が4月29日に結論が出せず時間切れで否決になるという大きな節目がくる。この法案を衆議院で3分の2条項を使って再可決することが出来るだろうかが一つのポイントである。私は、出来ると思う。ただし道路特定財源を来年度から一般財源化するという確たるものが党として正式に合意されたらという条件がつけばである。もしここで自民党内が混乱して再可決できないとなると、追い込まれた福田内閣は総辞職か解散という二者選択を迫られる。福田さんは迷わず解散に打って出ると思う。でもそんな混乱は自民党が不利になるだけだから、粛々と再可決の道を選ぶと思っている。

しかし政治は一寸先は闇。例えば山口二区の補欠選挙の結果がどちらに転ぶのかによって3分の2条項を使って再可決することができ難い雰囲気になることも考えられる。それと、道路特定財源を一般財源化することで自民党内がまとめ切れなかったら、再可決に反対者が出て、解散が出来ず総辞職となる場合もある。そうなれば小池暫定内閣で総選挙に打って出るというウルトラCも考えられる。万が一にもそうならないと思うが、分からないのは政界であるから・・。

次なる総選挙の結果で、もし民主党が中心となった野党が過半数を取れなかったら、たぶん小沢代表に対する批判がでて、代表退任か党分裂かの危機に直面すると思われる。しかしである。果たして小沢という人に総理が務まるだろうか。政治的力量はあるとされているが、その捌き方は側近政治の感が強く、下の者に対して愛情が感じられない。ただし一度総理をやってもらったらいいと思う人物ではあるが・・。

日銀が景気見通しを下方修正した。アメリカの景気も今後下降線をたどると見られているし、今年のわが国の景気も厳しくなると見ておくほうが正解である。株価も先日来のサブプライムローン問題が取りざたされた当初はかなり落ち込んで心配されたが、その後下げ止まっている。モノによっては回復してきている。円も105円に戻す水準にまで円安に戻っており、ここ当面は平静を保つものと思われる。

話を変える。リーダーが部下を変身させる方法にはいくつか上げることができる。まず私は、リーダーの条件の中に、「褒めると叱る」がしっかり出来ることを上げているが、どちらが先かとあえて聞かれたら、まず褒めるを先に上げている。

大体人を褒めるということは、口では簡単だが実行は難しい。特に最近実力をつけてきたと認める部下に対しては、素直に褒めることができないものである。但し褒めるといっても、その部下の現在の力に応じて褒めることが大切である。褒める基準をリーダーの力を基準としていたのでは、まだ力不足の部下の小さな成功を褒めることができない。例えばお客さんから苦情があって、それを解決すべく訪問したあとの報告の時を想定してみよう。

結果的にはその苦情は、その時点では解決できていない場合とする。それでも、まず褒める箇所を見つけてそれを先に褒めるのである。「うん。なかなかよく頑張って交渉したね。しかしお客さんのおっしゃることも一理あるから、解決には至らなかったが、真意は充分伝わったと思うね」と言うのである。これがなかなか言えそうで言えない。

つい「なにを言ってるんだ。こうも言ったのか。もっとなぜ厳しくお客さんの勘違いではないかと言えなかったんだ」と言ってしまいがちなのである。それは、この問題が長期化したら、自分が出て行かなければならなくなるからであり、それが無性に嫌だからである。

だが、それを露骨に前面にだしてしまうと、部下は心の鎧の紐をグッと締めて、自分を守ろうとしてしまうものである。(まだまだ交渉が下手だなあ。交渉になっていないなあ)と思っても、「これは長期戦だね。実は昔私もね」と、自分の昔のあやまちを語り聞かせ、その上で部下の至らないところをさりげなく注意し、部下自身でそれを悟らせるのである。(上司が自分の失敗談を聞かせてくれている。こんなに怖い上司でも、若いころは自分と一緒で、失敗もしてきたし、困難な仕事からは逃げたいと思っていたのだな)と気づき自然と心を開くのである。

そして、もう一度仕切りなおして交渉してみようという気になってくるものである。そこに持っていくまでには、このような回り道を覚悟しなければならない。「ばか者。これでは子供の使いと一緒だ。もう一度行って解決して来い」とつい言ってしまいがちなのだが、そこはグッと堪えるのである。ここが人を育てるリーダーの踏ん張りどころである。

今週の政治、4月7日

ガソリンの値段が下り、4月1日は早朝よりガソリンスタンドに車が並んだらしい。私は最近滅多に車に乗らないので実感はない。しかしその後は大した混乱もなく平静を取り戻している。今期の国家予算は国会で可決されたが、道路特定財源の暫定税率が廃止されたための巨額の歳入欠陥が発生する計算になる。福田政権は、今月の末から来月にかけて、衆議院の3分の2条項を使って再可決をして、暫定税率を元に戻そうとしている。民主党は、国民世論がそんな暴挙を許さないだろうとしている。

自民党が再可決できるのか、民主党が世論の後押しを受けて再可決をさせないか。関心の高まるところであるが、わたしは粛々と与党が再可決をすると思っている。解散は何時あるのかについては、私の情報の範囲内で言うなら、今年は解散総選挙は無いように思う。なぜなら、総選挙を行っても与党が今とおなじ議席を獲得できる可能性には無理がある。もしも3分の2を割るとしたら、参議院の勢力はそのままなので、今よりももっと政治が前に進まない。一層混乱が続くことになる。だから出来るだけ先延ばしにして、可能な限り有利な展開になったときに解散をするのではないかと思われる。

民主党は、総選挙があれば一気に過半数を獲得できると思っているようだが、さてそうすんなりと行くだろうか。政治の混乱は我々国民にとっては不幸といわざるを得ない。この混乱が将来の政治改革の通らなければならない道だという人もいるが、果たしてそうだろうか。打つ手がない。そんな表現がぴったりの現状である。

政府は収入に基づいて3つの役割を担う。政府の収入には大きく分けて3つあり、①は家計からの収入である。個人が労働によって得た所得に応じて支払う所得税。消費の時に支払う消費税である。②は企業からの収入である。事業で得た利益から支払う法人税。生産要素の購入時に支払う消費税である。③は公共事業の為の建設国債などを発行して、投資家から資金を調達する。2007年現在、地方を含めた長期債務の残高は770兆円を超えているので、2006年度のGDPが510兆円なので、財政上は厳しい状態である。

これら集めた資金で次のような役割を担うのである。①は道路や公園などのインフラ整備や、治安や教育、福祉などの行政サービス。公共財の供給と言う。②は所得の再分配の役割を担う。高所得者から税金を多く徴収したり、低所得者には社会福祉事業等で保護したりする役割である。③は公共事業などで雇用を創造したり、減税等して景気を刺激したりする役割を担うのである。

この執行が政治である。だから政治がしっかりしていないと経済に大きな影響を及ぼすことになるのである。今の日本は、この役割が上手く機能しているとはいえない。例えば年金問題。未だに誰のものかを特定できないでいる。公共投資での景気の刺激にも限界がある。原油は上がり、物価は上がる。今の政治はそれに敏感に反応していない。

政府だけではない。日銀の役割も大きく分けて3つある。①は銀行券の発行である。②は市場の資金を調整する役割である。③は金利を調整する役割である。この3つの役割を上手に使い分けて、物価の安定と景気の安定を図るのである。その最高責任者である日銀総裁は今日その人事案が提示されると言われているが、現時点ではまだ空席のままである。わが国はいま、政治の停滞は目を覆う状態であり、政府も日銀も充分な役割を果たしているとは言いがたい。そんな状態の真っ只中にある。

ここにきて、企業の倒産がまた増加傾向を続けている。あのバブル崩壊の時期を除けば、今の倒産は高水準である。原材料の高騰、消費の停滞、海外からの安いものが洪水のように入ってきて、国内の企業が圧迫されている。先週あたりから為替は一ドル100円に戻したが、先行きはまだ円高の危機がある。輸出で飯をくっている国内の企業の、業績停滞が懸念される。史上最高益を上げ続けている企業でさえ、国内での業績は今ひとつ芳しいものではなく、そのほとんどを海外で稼いでいるのが実情である。先週発表された日銀短観も、そんなムードをまともに反映して厳しい結果になっている。こんな状態が永く続いたら、今年の景気は停滞から下降線をたどるだろう。一日も早く政治がなんらかの明るさを取り戻してもらいたい。

最近読んだ上杉家の名執事、直江山城守兼続を描いた「天地人」の中で、今まで知らなかった意外な面を上杉家の後継争いの中に見ることとなった。謙信といえば「義」を重んずる戦国の中ではほぼ一人といわれる武将である。義のためならば命を賭けてもいいというのが上杉家の家訓である。頼まれれば兵を出してきた。そんな名将といわれる謙信も、突然今で言う脳卒中で亡くなった後、後継を巡って激しい戦いが演じられたのであった。

このことは余り語られていなかったので、私は知らなかった。上杉謙信といえば、共に並び称される武田信玄との五回にもわたる川中島の決戦が最も有名であり、その後の謙信の人生はこれまであまり映画にもドラマにもなっていなかったからである。謙信は生涯妻帯しなかった。そして実子がない。謙信の実の姉の子を養子に迎えている。これが後の後継となる上杉景勝である。景勝はご存知のように、豊臣政権の五大老の一人となる。これを支えたのが直江山城守兼続である。謙信にはもう一人の養子がいた。北条との同盟の証の人質として送り込まれてきた景虎である。その景虎を謙信は養子にしていたのであった。

この不自然な養子二人のために、謙信亡き後、血を血で洗う内紛が起こるのである。歴史上にものこる御館の乱である。景虎には実家の北条氏が後ろ盾になり、(その時点では北条と武田は同盟関係にあった)景勝は窮地に追い込まれた。そこで打った起死回生の一手は、こともあろうに、父謙信が雌雄をかけて相争った武田信玄の子、勝頼との同盟であった。しかも二カ国を割譲した思い切った譲歩しての同盟であった。北条にしても武田にしても真からそれぞれを支援しているわけではない。隙あらば全ての領地を乗っ取ろうとする思惑があっての支援である。そして景勝はこの争いに勝ち、名実共に後継者となる。

義を重んじる謙信の上杉家でさえ、残された養子二人が相争うことになるとは、人間の業や性は昔も今も変わらない。父親の社長が健在のときは、二人の兄弟は専務と常務で仲良く頑張っていたのに、突然社長が亡くなった。力を合わせて頑張れば、もっともっと素晴らしい会社になったものを、いつの間にか二人は相争い、会社を分割して、やがてどちらも倒産していく。そんな場面もこの目で見てきた。敵は外だけにあるのではなく、身近にあることが多い。恐ろしく且つ残念なことである。ここに企業の後継者指名の重要さとタイミングの難しさを知ることが出来る。

職場は一将の影とはリーダーとして一番肝に銘じなければならない教訓である。職場と言うところは、一人の大将の人格・識見・能力の全てを映し出している陰であると言うのが、真の意味である。しかし大将とは一人トップだけを指すのではない。支店の大将は支店長である。部の対象は部長であり、課の大将は課長である。係りの大将は係長である。それぞれの大将の器以上に係りも課も部も支店も会社にもなりえないのである。
会社は社長次第であり、支店は支店長次第であり、部は部長次第であり、課は課長次第であり、自分は自分次第である。これが真の「職場は一将の影と言う言葉の意味である。

今週の政治、3月31日

今日が年度末である。いよいよ明日から租税特別処置法が期限切れとなる。ただし与野党が最終的に合意して、ガソリンの暫定税率以外の日切れ法案は二ヶ月だけ延長することで緊急可決される見通しである。いよいよ、テレビ等で報じられているように、ガソリン等の暫定税率の期限が切れて、値段が一リットル当たり25円程度値下がりすることになる見通しである。しかしこの税金は蔵出し税であり、4月1日以前に仕入れたものは、税率が高いままになっているので、明日から値段を下げるとなると、販売店の負担ということになる。

そうだからと言って、下げないでいると、近くで下げるガソリンスタンドがあれば、そこに客を取られてしまう。販売業者にとっては、痛し痒しになる。一時は混乱する場面も予想されるものの、それはそれで何とか落ち着くところに落ち着くものではあるが、資金繰りに支障をきたすスタンドも出てくると思われる。果たしてこの混乱がどのように収縮されていくのであろうか。

国会は、衆参両議院で勢力図が逆転しているので、何も決められないまま、一ヶ月も空転している。与党は今解散したら敗北の公算が非常に強いので、少しでも先に延ばして、より有利な状況の時に解散総選挙を打とうと思っているだろうし、野党は一日も早く、解散総選挙にもって行きたいと思っている。現在の野党の揺さぶりが、「こうなったら一度民主党に政権を任せてみたらどうだろう」、と思う有権者もいれば、「何でも反対ばかりする民主党が政権をとっても上手く行くはずがない」、と思う有権者もいるだろう。その結果は(どう政局を動かしていくのか)、誰にも予想がつかない。

「こんな状況の中では、誰が総理になっても同じ結果である」と、よく言われるが、それはそうではないと思う。人が代われば物事の捌き方が変わってくる。安倍首相から福田首相に代わっただけでも、改革が進まなくなったり、物事の動きがゆっくりになったり、これだけ変わったのである。自民党は、福田総裁のままで総選挙を戦うのか、頭を代えて戦うのか? そんなことも議論されるくらい厳しい局面を迎えていると思う。

早く何とかしてくれないと、政治は経済の一歩先を行くのだから、経済に悪い影響が出てくる。アメリカの株価は下げを止めているが、まだこれからどうなるか分からない。
そんな中で、今日のテレビ討論会などみていても、もうこれは急転直下の解決はありえないと思われる。私などは、道路特定財源を来年度から一般財源化するという総理の思い切った政策展開を引き出しただけでもう充分なのに、なぜこんなに民主党は無理押しするのだろうかと思っている。上記したように、この押しが結果どう転ぶかに注目したいと思っている。

話は少し変わるが・・・。先日菩提寺での彼岸会の法要に出席した際、八尾市歴史民族資料館の学芸員である李先生(女史)の「河内木綿の歴史と魅力」と題した記念講演があった。今から200年ほど前は、私が住まいする八尾市を中心とした河内平野には木綿の花が咲き乱れており、それが紡がれ布に織られ、一時期全国を席巻したことがある。それが「河内木綿」である。

木綿には①白木綿(これは縦糸も横糸も綿の花の白のままの糸で織るオーソドックスな布でそれを仕入れた人が染めに出していろいろなものに加工する。この白木綿が一番出荷量が多かったらしい)

②縞木綿(これは縦糸と横糸をそれぞれ違った色の糸を使い、織りたい縞模様に合わせて糸をセットするものである) ③筒書木綿(これは複雑な模様や絵を白木綿からオリジナルで染めていくもので、下絵に合わせてケーキのデコレーションを作るときのように、筒に入った糊で下絵をなぞって染めるもので、なかなか手の混んだ染めである)
④型染め木綿(これは下型をこしらえておき、それを基にして一方一方丹念に形の上から糊を張っていき、それを藍の中に入れて染める方法である)、この4つが木綿の染め加工である。特に③などはなかなかの芸術品である。

私の知識では、河内平野に木綿の花が咲き乱れ始めたきっかけは、1704年の大和川の付け替え工事のあとからである。奈良の山会いその源を発した大和川は、柏原市に入りその流れを北に変えて、河内平野を合流と分流を繰り返しながら淀川に繋がっていた。当時の河内平野は、今の大阪城がある場所が台地になっているが、それ以外は(特に西側は)湿地帯が多かった。大雨が降ると河内平野は洪水にみまわれて、多くの人命と多くの収穫を奪われていったのである。これでは何時までたっても河内平野は豊かにならない。

そう考えた地元の庄屋を始め(中甚平衛らを中心とした)名士たちは、その大和川を西に向けて流れるように付け替えようと考えた。何回も何回も嘆願した。艱難辛苦の末、遂に幕府の許可を得て、僅か数ヶ月で今の大和川に付け替えは成功し、流れは柏原市から西に向かい堺を通り、今のように大阪湾に流れることになった。そして旧大和川の跡地には多くの新田が開墾され、綿の木が植えられたのであった。

やがて河内平野には木綿の花が咲き乱れたのであった。それが河内木綿の発祥である。そして、李女史のお話では、それ以前にもすでに八尾市の高安村や久宝寺村では、綿の栽培が始まっており、それは江戸時代に書かれた「河内名所図会」に載っているとのことで、それを拡大したパネルを見せてくださった。

新田開墾に力を尽くした豪商や庄屋や土地の人々は、「必ず河内平野に木綿の花を咲き乱れさせてみせる」そう誓って頑張ってきたのであろう。そして本当に河内木綿の花が咲き乱れたのであった。その辺のことは、堺屋太一氏の小説「俯き加減の男の肖像」に詳しく書かれている。李女史の言われるのでは、大和川の付け替え工事が終わって約100年後の年号が記された筒型染め木綿、特に鳳凰を図柄にした大風呂敷などが、河内の民家に残されているところから考えて、当時の河内はなかなか豊かな土地だったとのことである。

私の菩提寺にも、数多くの河内木綿の織物が残されている。近在の在家信者から風呂敷や着物、仏壇にかける飾り布などの寄進された品々が今も残っている。その中には寄進した年号や名前が記されている。ペリーが来航した時期の年号が記されたものも出てきた。さすが400年の歴史を持つ菩提寺だけのことはある。この日は郷土の歴史を勉強できた一日であった。

昔は、このようにそれぞれの地域にそれぞれの文化や風土があった。それが経済の発展とともに、一極集中が強くなり、いまや地域は冷え込んでいる。果たして今進められている政治闘争の結果が、地域にどれだけの影響と効果をもたらすのか関心をもって見ていこうではないか。

今週の政治、3月24日

ついに日銀総裁が空席になってしまった。史上初の出来事であるそうな。市場に混乱が起こり世界からバカにされると危惧する向きもあるが、今のところさしたる変化はないようだ。はっきり言って、日銀総裁のポストが政争の具にされてしまった。民主党が頑張ったというべきか、自民党が意地を通したというべきか。漏れ聞こえてくるところによれば、福田総理は「民主党の重鎮の人が、武藤さんでも良いと言ったので・・」とのことらしい。この重鎮って誰のこと。一番に浮かぶのはOさん。それ以外にそんな恐ろしい約束をする人はないはずだが・・。

これが確約なのか、示唆なのか、それとも重鎮の方の独り言なのか、または人を介しての話しであって、仲介した人の仲人口なのか。それにしても福田さんはうまく乗せられたということか。または駆け引きに負けたということか。権謀渦巻く政界のこと。こんな程度のやり取りは日常茶飯事であろう。その昔、石橋湛山首相が急な病をへて退陣することになり、後継総理を決める際、「次はこの人に譲る」という念書が交わされて、岸首相が誕生したといわれている。その念書の立会人というか証人は、今はなき映画会社大映の(Nラッパと言われた)N社長と、もう一人北海道炭鉱(株)の社長であったH社長だといわれている。当時はエネルギーは石炭に頼っていた時代である。

因みに、今から40年余り前、私は勤めていた信金から、当時日本一だった某銀行に国内留学したことがあった。東京での勉強の際、支店長に連れられてその炭鉱会社のH社長の家を訪れたことがあった。門から玄関まで自動車で行く巨大な邸宅であった。そのころの日本のエネルギーが石炭だった。しかしあれからわずかの時間の間に、エネルギーの王座は石油に変わってしまった。これは余談になった。

しかしその念書は実行されることはなかった。葬り去られたのである。岸首相の次は池田首相になったのであった。今、名古屋から一つ大阪よりにある新幹線の駅前に念書に書かれていたといわれている総理になるべきだった方の夫婦そろっての銅像が建っている。それほど政界の約束は信頼が無いということである。

このように福田内閣は民主党に押されまくっている。すくなくとも私が出席する会議などでは、「民主党もいい加減にしておかなければ選挙で勝てないのでは・・」と、そんな意見が多くなってきたように思う。私の出席する会議は歳を重ねた人たちが多い会議だからかも知れないが・。さてもう一週間もすると暫定税率が期限切れになる。インターネットなどの情報では、どうやら自民党の知恵者の中では、一発逆転の秘策があるかのように報じられている。さてこの予算関連法案の行方はどうなっていくのであろうか。

それにしても官庁のお金の使い方はなっていないと思う。最近国会で問題になっている国土交通省の道路特定財源におけるお金の使い方には唖然とする。もっと厳しく縮小できるはずである。こんな現実が報道されると、道路特定財源を一般財源化して、必要な道路と不要?不急な道路に分けて、余らせたお金を一般財源に使うようにしたほうが良いと思う人が多くなってくるであろう。

今年の景気の先行きについて、識者の多くは悲観的な見解を示している。アメリカの景気がサブプライムローンによって大きく影響され、深刻な状況に陥るところであった。アメリカはさすがだなぁと思うのは、この危機に素早く手を打って二度にわたって公定歩合と市場金利を0.25%に続き、更に0.75%の引き下げに踏み切り、(現在アメリカの)公定歩合は2.75%、市場金利は2.25%としたことである。

まだ先行きは不安定ながら、とにもかくにも株価とドルの為替相場は落ち着き始めている。「しかし」、と識者の多くはこう言うのである。「サブプライムローンは底がまだ分からない。疑心暗鬼になっているので今後にも影響が残るだろう」と。

ここでサブプライムローンについて整理しておこう。これは、クレジットカードの支払いが延滞している人など、信用力の低い個人に向けた、審査基準のゆるい住宅ローンを指す言葉である。これは住宅価格の上昇が前提のローンであった。このローンは、最初の数年は金利が低いか、または数年間はゼロ金利のこともあるが、その後急激に金利が跳ね上がる契約のローンである。このローンが多く販売された頃のアメリカは、住宅建設が盛んで、近い将来、住宅の価格が必ず上昇すると思われていた。

住宅の価格が思惑通りに上昇すれば、それを売却してローンを完済後、余ったお金を頭金にして、今度は安い金利の普通の住宅ローンで新しい住宅を手に入れることが可能と見られていたから、申し込みが殺到したのである。ところが住宅ブームが沈静化の方向に向ってしまった。借り入れして数年後(普通は3年後と言われている)契約どおりに金利が上がり、サブプライムローンのままでいると支払いが出来なくなってしまう状況がやってきた。ここで多くの延滞が発生した。

サブプライムローンの焦げ付きは、借り入れしている個人は、返済が滞り住宅を手放す羽目になった。これらの人々に融資している銀行やローン会社は、担保物件を売却しても価格が下がっているために多額の不良債権を発生させてしまうことになった。やっかいなことに、このサブプライムローンを含む金融派生商品が証券化されて、(他の良好で信用力の高いものも含まれている証券なので評価基準はトリプルAとされていたらしい)世界各国の投資家が購入していたために、この影響が世界中に広がってしまったのである。だからサブプライムローンの影響がどこまで及んでいるかを正確には把握出来ていないのである。これがサブプライムローンについての簡単な整理である。

原油価格が高騰し始めた昨年、私は金が上がるとこの紙面で書いた。その通りに金の価格が上がった。当然のことながら、私は貨幣を金に替えてはいない。上がると分かっていても万が一のことも考えるのと邪魔くさいので変えることはなかった。投資でお金を稼ぐ人たちは、私の数百倍の小まめさと、研究心の旺盛な人でないとできない。

そこに出てきたのが、サブプライムローンの発生。当然ドルは各国通貨に対して安くなり、円もそれと同様に高くなると予想できる。しかし私はそれに対する儲けられる手を打ってはいない。上記と同じ理由からである。しかし世界の投資家はしっかりと手を打っているので、巨額の利益を生んでいる人がいるのである。、アメリカの景気が低迷すると予想される上、わが国の今年の景気も低迷を続けるとなると、どんな手が考えられるだろうか。私はどうせ手を打たないのだし、読者に誤解を与えて損をさせては大変なので、この時点ではどうこうしたらよいという類のことは書かないでおく。

円が強くなると、デフレになる条件の一つである海外から安い品物が入ってくるということは言える。だからわが国のデフレからの脱却はまた当分先になる。今日銀がやるべきことは、市場に潤沢な資金を投入して、デフレの進行を止めることである。その日銀総裁がまだ決められていない。当然日本の評価が下がる。今度はしばらくしたら円安に触れるだろう。今ドルに変えておいてその時に・・というような・・・。これはただ自分の予想が当たるかどうかに興味を持っているだけである。素人の予想であるからあまり信じないように。

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